「コンクール」というより「コンサート」。

吉永 陽一 先生
取材班:
過去に先生が演奏された曲目でこれは面白かったなぁとか、特に印象深い曲はございますか?
吉永先生:
いや~、まぁ言ったら全部がそうやね。全部が全部、思いっきりやったからね。「これでもか」ってくらい。賞に関係なく。でも強いて選ぶならば、県西での最後の自由曲となった「春になって王たちが戦いに出るに及んで・・・」やね。実はあの曲は僕が苦労して選曲したんじゃないんですよ。兵庫高校時代の教え子たちが「先生も最後やなぁ、最後の自由曲はこの曲しかないでしょ」って言ってけしかけたんですよ。それに「よし、それならやったらぁ」って、乗せられてやった曲なんです。兵庫がけしかけ、県西がやるという意味でこれも印象深い曲ですね。でもね、私に対する兵庫の教え子のいじめやね、あれは(笑)。
取材班:
先生の曲の解釈は毎回独特なものがあって、コンクールの成績発表時には観ている吹奏楽ファンを毎回ワクワクドキドキさせてくれます。「この解釈は審査員にどう評価されるのだろうか」って。普通は審査員に嫌われないように無難な解釈をする学校が多いと思いますが。
吉永先生:
僕も審査員には嫌われるよりも好かれたいですよ(笑)
取材班:
県立西宮高校の演奏後に、演奏を聴いた他校の学生がロビーに集まって今日はどうやったこうやったって話をしているんですよね。それがなんとも不思議な光景というか、コンクールであるのにコンサートの様な感じなんですよね。
吉永先生:
そうだったですか。そういう意味では僕もコンクールというよりはコンサートという意識で演奏に取り組んできたかなぁ。自分の思い、これを第一に。自分の気持ちが相手にどのように伝わるかをいつも考えていました。コンクールやったら「危険なことはやめて、そつなくいきましょう」となるんでしょうが、そんなの自分でちっとも面白くない。ある時、僕が練習で「それ違う、こう吹け!」って言ったら、生徒が「先生、昨日は逆でしたよ」って。そういうことはしょっちゅうあるんですよ。表現の仕方なんかは生徒たちの音にこちらが一瞬に反応し判断していくもんやと思います。もちろんスコアをベースにしてですが。