音が向こうの方まですーっと聞こえていくんですわ。

松井 隆司 先生
取材班:
先生の指導の甲斐あって、県立明石北高等学校音楽部は1983年に「歌劇『イーゴリ公』よりダッタン人の踊り」で全日本吹奏楽コンクール金賞受賞という偉業を成し遂げられましたが、その時のことについてお話しいただけますか?
松井先生:
創部から10年を経て、全国大会初出場でいきなり金賞受賞。これは嬉しかったですね。でもそれ以上に嬉しかったのが、その2年前の1981年に念願叶って初めて兵庫県代表として選出された関西吹奏楽コンクールです。この時は本当に嬉しかった。でも結果を出せたことで僕自身に慢心があったのでしょう。翌年は兵庫県大会止まりの結果となってしまいました。その悔しさをバネに生徒達が一生懸命練習したことが1983年の全日本吹奏楽コンクール金賞受賞に繋がったのかもしれませんね。
それに、生徒達がだんだん上手に演奏するようになるにつれ、僕もかなり細かいところを見るようになりましたね。実のところ、それまではやっぱり雰囲気で音楽を作ってた面があるんですよ。演奏者の気持ちが盛り上がったら、演奏も盛り上がり、おそらく観客も盛り上がるやろと勝手に思い込んでたんです。でも、どうもそうとは限らないということがわかったんで、例えば音程を厳しく見るとか、音量のバランスをどうするかとか、そういった面をかなり細かく整理したことは覚えています。
全国大会に出場できた理由をあえてもう一つ挙げるなら、県立明石北高等学校音楽部では全国大会に出場したこの年の数年前ぐらいから、外での合奏を始めたんです。ご存知かも知れませんが高校の周りはすっごい田舎で、ほこりがいっぱい立つんですよ。今から考えればそんな環境の中でやらんでもと思いますが、でも外で合奏すると音が田んぼを越えて向こうの方まですーっと聞こえていくんですわ。合奏を重ねるうちに空気の圧力のせいもあるんでしょうが、かなり音色的にも、それからいろんな面でも良くなったような気がします。でもやっぱり今考えると、オーボエやフルートなどの木管楽器を外で演奏するのはねぇ・・・乱暴なことをしたと思いますよ(笑)。