生徒たちが教えてくれた、吹奏楽の面白さ

佐々木 信明 先生

大阪府立北野高等学校吹奏楽部 顧問
(2012年10月27日現在)

取材班:
最初に、先生のこれまでの吹奏楽人生についてお話しいただけますか?
佐々木先生:
実は、僕は吹奏楽にどっぷり浸かった経歴は持っていなくて、学生時代の吹奏楽経験といえば、中学の時に音楽の先生に勧められて1年間チューバを吹いたことがあるだけなんですよ。大学へは最初声楽を学びたくて入ったんですけど、僕の場合、鼻がすぐに炎症を起こしてしまって...専門の医師に見ていただくと「その状態で声楽を続けるのは難しい」と言われ、結局大学を退学しました。でもやっぱり音楽が好きで、その中でも特に音楽史や楽理といったものに興味があったので、音楽学専攻で再度大学に入り直しました。
その後大学を卒業し、教員として最初に赴任したのが大阪府立貝塚南高等学校でした。その学校には合唱部があり、最初は何となく「そこの顧問をすることになるのかなぁ」という雰囲気だったんですけど、他に部員数が十数名程の小規模のブラスバンド部があって、何故かそのブラスバンド部の生徒たちが僕に「クラブをちょっと見て欲しい」と言ってきまして...。全然吹奏楽をやるつもりなんてなかったのですが、結局ブラスバンド部の顧問を引き受けることになりました。それで一緒に合宿に行ったり、なんだかんだ生徒と行動を共にしているうちに、僕自身クラブ活動が面白くなってきたんですよ。それは、吹奏楽自体が面白くなってきたということもありますが、やっぱり生徒と吹奏楽を通じて触れあうことがとても楽しかったんです。本当にベッタリでしたね。その当時は僕もまだ若かったんでね(笑)。
その後、活動を続けていくうちにだんだん部員が増えてきて、いよいよ吹奏楽コンクールにでも出ようかという話になりました。僕もだいぶ熱くなってきて、「これはちょっと本気で吹奏楽の勉強をしないといけないな」と思い、実際にクラリネットを習いに行ったり、LPレコードを買い漁って聴き込んだり、吹奏楽のコンサートをできるだけたくさん聴きに行ったりするようになりました。指揮に関しても、ヤマハの講習会で保科先生から指導を受けたり、個人で指揮のレッスンをされている方の所へ何回か通ったり、あとはプロが演奏しているビデオを見たりして、自分なりに勉強しましたよ。残念ながら「指揮法」みたいにきちんと系統立った勉強はできていませんが、でも高校生相手の場合、指揮で大事なのは多分そんなことじゃないと思います。そうこうしているうちに、毎年夏には吹奏楽コンクールに出場するのが常となり、僕が貝塚南高等学校を出て行く時には部員数も100名を超え、大阪府大会には常に出場できるくらいの演奏技術を持ち合わせたクラブになりました。

吹奏楽同好会の発足、3年後に部に昇格

吹奏楽同好会の発足、3年後に部に昇格
取材班:
大阪府立貝塚南高等学校の後、この学校に赴任されたんですよね。
佐々木先生:
そうです。大阪府立貝塚南高等学校で13年間お世話になった後、ここ大阪府立北野高等学校に赴任しました。この学校にはその当時吹奏楽部はなかったので、僕はオーケストラ部の顧問になりましたが、それまで勤めていた貝塚南高等学校の生徒たちは土地柄なのか本当に人懐っこかったのに対し、北野高等学校の生徒たちは自立心というか「自分達でやりたい」という気持ちがとても強く、特に当時のオーケストラ部の生徒たちは「先生はあまり構わないでください」という雰囲気でしたね。だからここに来て最初の頃は、正直なところ、「確かに優秀なんだろうけど、なんか冷たい生徒たちだなぁ」なんて思っていました(笑)。もちろん今は、いい関係ですよ。
そんな折、生徒の方から吹奏楽部が欲しいという声が上がったんですよ。僕の方は放課後に結構時間の余裕があったので、それじゃあその子たちと一緒に吹奏楽部を作ろうかっていうことになりました。でも最初は周りから批判の声もありました。「オーケストラ部を潰すつもりですか」ってね。それで「困ったなぁ」と思ったのですが、実際、入ってくる生徒の中にはチューバやユーフォニアムを希望している生徒たちもいて、その子たちはオーケストラには入れないわけじゃないですか。だからやっぱり必要だと思って、1993年に同好会を立ち上げました。最初の1年は部員数3名でずっと活動をやっていましたよ。
取材班:
部員数が3名だと、なかなかクラブ活動も思うようにできなかったのではないですか?
佐々木先生:
それでも週に3回ほど集まっては活動をしましたよ。実際のところは、全然活動にならないですけどね(笑)。でも同好会として立ち上げた翌年には、嬉しいことに15名もの生徒が入部してくれまして、結構早い時期に部員数が20名近くになりました。おかげでその年(1994年)から小編成の部ではありますが、吹奏楽コンクールに出場することができました。
取材班:
その後、1996年には部に昇格。翌年からは合宿も行われているようですが、以前は夏合宿だったものが今は春合宿になっているのには何か理由があるのですか?
佐々木先生:
昔は、高3生で夏のコンクールまで残る生徒は、多くても10名にいかない程度だったんです。この学校の場合、いくらクラブに残っているとはいえ、7・8月の合宿に高3生を連れていくことはできません。だから夏合宿の時は、高1・2生だけで合宿に行っていました。しかし、コンクールまで残ってくれる高3生の数も次第に増えてきて、「こんなに残るのだったら、やっぱり高3生も合宿に参加させたいので、春に定期演奏会をターゲットにした合宿をしよう」ということになり、だいぶ前から開催時期を春に変えました。受験のことさえなければ、夏に合宿を行える方がじっくりとコンクールの練習ができていいんですが、こればっかりは仕方が無いんでね。ちなみに、今年は20人の高3生が残ってくれています。

受験前の1月に縄跳び補習!

受験前の1月に縄跳び補習!
取材班:
大阪府立北野高等学校の特徴を教えてください。
佐々木先生:
公立の進学トップ校ともなると、概ね能力的にはどこも同じ様な生徒が集まっていると思うし、やる気のある生徒が多いので、クラブの組織率も基本的には高いと思います。北野高等学校の場合もそうなんですが、部活について言えば、高3生の引退する時期が他の進学校に比べて遅いですね。僕が聞くところによると、文化系の場合、高2生の秋くらいにはもう引退させてしまう学校も少なくないようですが、うちの学校の場合は結構最後まで残って頑張らせますね。吹奏楽部は夏の吹奏楽コンクールに出る生徒の数の方が、それまでに辞める生徒の数より明らかに多いです。運動部は軒並み残っていますし、サッカー部や陸上部に至っては秋まで辞めずにやっている生徒がいますからね。だから教員の方も「高3生になってクラブなんかしていてどうするねん」という言い方はしないんです。むしろ途中で部活を辞めたら「なんで辞めんねん」って言うんですよ。「ちゃんと最後までやれ」って(笑)。この学校では、「勉強だけでいいということではなく、生徒にいろんなことをやらせた方が結局は力になる」という認識がみんなにあるんですよ。確かに生徒には勉強をいっぱいやらせていますので、そういう意味では大変だと思いますけど...。
あと面白い話で言えば、うちの学校は受験直前の1月頃に高3生を対象とした縄跳びの補習とかがあるんですよ。考えられないでしょ(笑)。普通は保護者の方も「こんな時期にそんなこと」って怒ると思うのですが、でも誰も文句を言わないんです。あと、今から5年くらい前にあった話ですが、学習カリキュラムに「総合学習」など新たな科目を導入する際に、「どの科目の時間を削りましょうか」という話になったんですよ。普通、進学校だったら芸術などの科目を削りますよね。北野高等学校でも、他の学校と同じく芸術の時間がかなり削られることになったんです。ところが、学年懇談会でPTAから「どうして芸術の時間を削ったんですか」っていうクレームが出たんですよ。それも1人ではなく複数の人から意見が出て(笑)。普通は、「芸術の時間を削って、英語の時間を増やしてください」って言うと思うのですが...。それで当時の校長が「保護者のニーズだから、よし、芸術の時間を増やそう!元に戻そう!」と再度学習カリキュラムを見直すように言ってくれたんです。さすがに完全に元の時間にまでは戻りませんでしたが、10の所が6ぐらいに減ってしまった芸術の時間を、また8ぐらいまで戻してくれたんです。音楽の教師にとっては大変ありがたいですし、北野高等学校のそういう所が面白いと思います。
受験前の1月に縄跳び補習!

大阪府立北野高等学校 正面

取材班:
それは珍しい光景ですね。保護者の中に「学力以外でも北野高等学校を選んでいるんだ」という思いがおありなんでしょうね。
佐々木先生:
そうですね。学級懇談会でも「うちの子どもはクラブばっかりしているんですよ。でもそれでいいんです。楽しくやってくれていたら」ってそんな感じで話される保護者の方が多いんですよ。内心では「絶対京阪神の国公立に!」って思われているかもしれませんが、そんな風に露骨には言われないので、教師にとってもすごくやりやすい環境だと思います。

練習場所は、校舎外の「ゴミ練」

練習場所は、校舎外の「ゴミ練」

天井の高い多目的ホール

取材班:
引き続いて、北野高等学校吹奏楽部の特徴を教えてください。
佐々木先生:
他校の吹奏楽部がどんな感じかよくわからないので一概に比較することは難しいのですが、先述の通り、いわゆる進学校の中でこれだけ多くの高3生が引退せずに夏のコンクールまで残っているのは特徴と言えるでしょう。他校の話を聞くと、高3生のほとんどが夏までは残っていないって聞きますからね。それから、うちのクラブの生徒は他人に喜んでもらえることをするのが好きですね。
そんな気質のせいかも知れませんが、吹奏楽部の生徒たちがいないと学校の行事がまわらないことが一つありまして、吹奏楽部が普段練習で使わせてもらっている多目的ホールがあるんですけど、うちの部員はそこの椅子並べが得意なんです。そのホールは学年集会や何かの説明会など常に学校行事が行われる場所で、その時々に合わせていろんな体形に椅子を並べないといけないんですよ。「今日は学年集会バージョン」「今日は2学年バージョン」といった具合にいろんな体形の椅子の並べ方があるんですが、それを数人の教師だけでやるのはとても大変なんです。でも、吹奏楽部に見取り図を渡すと、60~70人の部員がさっとやってくれるんです。そうすると部員たちは先生方から誉められるでしょ。するとさらに調子のって1センチ間隔ぐらいの緻密度で、ものすごく綺麗に椅子を並べるんですよ。合奏よりもそっちの方が得意かも知れませんね(笑)。
取材班:
では、そういう椅子並べの出番があると常にお呼びがかかるんですね。
佐々木先生:
ええ。でも吹奏楽部が贅沢にもその多目的ホールを放課後独占して使っているんで、その代わりと言うわけじゃないですけど、学校からリクエストがあった時はちゃんと椅子並べでも何でもするようにとは言っています。
練習場所は、校舎外の「ゴミ練」

外での練習(通称「ゴミ練」)

取材班:
練習場所は、主に多目的ホールを使われているのですか?
佐々木先生:
そうですね、そこのホールが広いですからね。ただ合奏以外は何十人もがホール1ヵ所で練習というわけにもいかないので、中庭などのちょっとしたスペースを練習場所に使用しています。パーカッションなどの大きな楽器が多目的ホールを使い、金管や木管が外という感じでしょうか。夏のこの時期なんかは、もう外は暑さで死にそうですけどね(笑)。教室もたまに使うことはありますけど、普段はほとんど使いません。やっぱり外ですね。具体的には、ゴミを捨てる場所のあたりが一番学校に迷惑がかからないので、そこで練習していることが多いですね。うちでは通称「ゴミ練」って言ったりしています(笑)。
取材班:
生徒たちは朝練も行なっているのですか?
佐々木先生:
やっていますね。もちろん強制じゃないですけど、パーカッションの生徒なんかは毎日7時ぐらいに学校に来ていますよ。
取材班:
楽器はどうされていますか?コンクールの自由曲ではいわゆる大曲を選曲されているので、公立高校だけに楽器の用意には苦労されているのではないかと思うのですが。
佐々木先生:
コンクールの曲目は背伸びしているんです(笑)。小型楽器については、ほとんど生徒の個人持ちです。チューバやパーカッションなどの楽器については、吹奏楽部の立ち上げ当初はよく周りの中学校に借りに行っていましたが、途中からクラブの部費でローンを組んで、必要な楽器を少しずつ買い足していくようにしたんです。今では2枚リードの楽器もオーボエくらいまでなら3本はあるし、チューバも全部で5、6本はあります。特殊な楽器以外はだいたい揃っていますよ。それでもバスーンなんかは高額なので、未だに買えていないですよ。「いつになったら買えるのかなぁ」って感じです。公立高校でバスーンやハープを持っているところは本当に少ないですね。

生徒による、自発的なクラブ運営

生徒による、自発的なクラブ運営
取材班:
佐々木先生は今までずっと吹奏楽部の顧問をされてこられましたが、その中で苦労されたことを教えてください。
佐々木先生:
いや、あんまり苦労を感じたことはないですね。ひたすらやってきたという感じで。そりゃもちろん部員の誰かがクラブを辞めたいって言いに来る時は、本当に落ち込んだりしますけどね。でもクラブのことで、それ以上に嫌なことがあったってことは幸いにも今まで無くて...あったとしてもすぐ忘れる方なので(笑)、本当いい思い出ばっかりですね。
取材班:
先生は週に何回くらい生徒たちを指導されていますか?
佐々木先生:
時期によって異なりますね。前の貝塚南高等学校では毎日のように部活には顔を出していましたけれど、北野高等学校ではみんなが自発的にやってくれるので、コンクール前の今の時期でも週に3~4回くらいです。なるべく集合の時などは顔を出したりしていますが、合奏ということで言えば、1年に平均してしまうと週に1~2回くらいかも知れません。クラブには生徒指揮者もいるので、特に冬は生徒たちにほとんど任せて、たまに様子を見に行く程度にしています。パート練習も自分たちでやっているので、わざわざ見に行ったりすることはほとんどないですね。
取材班:
先ほど生徒指揮者というお話がありましたが、クラブ内の組織がどうなっているか教えていただけますか?
佐々木先生:
部長・副部長・会計など、どの部にもある役職以外に、音源係・広報担当・椅子並べ隊長など、全員が何らかの役割を果たすようにしています。
取材班:
生徒指揮者に対して、先生から何か技術的なアドバイスをされたりはするのですか?
佐々木先生:
僕よりは、上の学年の生徒指揮者が下の学年の生徒指揮者にアドバイスをしてくれていますね。だから、僕からは指揮の振り方についてはあまり言いません。それよりも「もうちょっと楽しく振れ」とか「細かいことを言い過ぎる」とか、そういったアドバイスをします。

「一見バカみたいな行動」を推奨しています

「一見バカみたいな行動」を推奨しています
取材班:
佐々木先生が生徒に指導する際、心掛けていることは何ですか?
佐々木先生:
生徒たちには常々言っていますが、北野高等学校の生徒は真面目すぎるんですよ。ミーティングをしていても、誰かが正論な意見を言うとそれには絶対反対の意見を言わない。例えば「もうこんなしんどい日には練習を止めよう」と僕が思うような日でも、誰かが「練習しよう」と言い出せば、それに対して他の生徒から「しんどいから今日は止めよう」とは絶対言わないんですよ。そんな時は、僕の方から「今日は練習を止めて、家に帰って疲れを取りなさい」って言い聞かせないとダメですね。あと、本当に思考が固まると言いますか、妙に頭の固い所があるので、僕は生徒たちに「バカみたいなことをもっとしなさい」ってよく言います。その一つとして、今年の春合宿では宿舎全体を使ってみんなで鬼ごっこをやりました。そういう一見バカみたいなことを、どんどんやるように奨励しています(笑)。
取材班:
北野高等学校の生徒が「真面目すぎる」と感じられるのは、昔からですか?
佐々木先生:
いいえ、昔はこの学校にもバカみたいなことをする生徒がいたんですよ。こっちが止めないといけないくらいだったんですけど。それに比べて、本当にこの頃の生徒は真面目って言うんですかね。どこでも同じような傾向があるのかも知れませんが...。僕の方も「まぁしょうがないな」って感じでずっと見過ごしてきました。でもこの前の冬の寒い時にみんなを呼んで、「固まると言うことが、いかに効率の悪いことか」みたいな話を生徒たちにしたのがきっかけで、その後は事あるごとにそんな話をしていますね。だから、生徒たちにバカみたいなことをするように言い始めてからはまだ半年くらいです。ただ生徒たちは、「そんなバカなことをするのも勉強だ」と思っている雰囲気があるので困ったものです(笑)。おそらく生徒たちも頭ではわかっているんですよ、でもまだまだなので、そこがこれからの課題かなと思います。

「コンクールまで残った方が、志望大学に合格できる」伝説

「コンクールまで残った方が、志望大学に合格できる」伝説
取材班:
北野高等学校ではクラブと学業を両立するために、学校として何か取り組んでいることはありますか?
佐々木先生:
昔から始業時間を8時10分にして、放課後を長く取れるようにしています。吹奏楽部としては、OB・OGを呼んで、現役生に対して「私たちのときはこうやって受験を乗り切った」というようなアドバイスをしてもらっています。それは講演会とかそんな大層なものではなく、ミーティングを少し大きくしたようなものですが、ついこの前も行なったところです。
取材班:
OB・OGの方は良く来られるんですか?
佐々木先生:
よく来ますね。彼らなりに一生懸命考えていろんなことをやってくれます。本当に北野ブラスが大好きで、コンクール直前には「かき氷大会」なんかもしてくれるんですよ(笑)。
あと、実はこの吹奏楽部には「コンクールまで残った方が、志望大学に合格できる」という伝説があります。僕が無理矢理つくっている部分もあるんですけどね(笑)。でも、数字を見たらもう完全にそうなっているんですよ。北野高等学校の生徒の進学希望としては、京大とか阪大あたりが一番多いのですが、それなのに吹奏楽コンクールが終わる8月まで部活をやること自体、結構無茶苦茶なことだと思います。でも僕は思うのですが、そんな無茶をする方が自分にとってやりがいが出るじゃないですか。北野高等学校の生徒は「無茶をしながらも、志望大学に行くんや」というロマンや美学を持っていて、そこが強いところだと思いますね。だからコンクールまで残る子は、「この時期は勉強の事を考えずに、一生懸命クラブをするんだ」と思っている生徒が圧倒的に多いですね。だから僕も見ていて気持ちが良いし、立派だなぁと思います。
取材班:
実際、吹奏楽部の生徒の進学状況はどのような感じですか?
佐々木先生:
抜群にいいですね。もちろん部員数も多いので、成績ひとつとっても上から下まで様々な生徒がいますけど。でも、今までで1番すごかったのは3年前ですね。コンクールまで残ったメンバーのうち8人が京大を受験したんですけど、8人とも合格しましたよ(笑)。その年は学校全体の京大への現役合格者の半数近くが吹奏楽部員だったということで、進路指導の先生もびっくりしていました。昨年も京大を受けた男子5名全員が、現役で合格しました。こんな風に実際にコンクールまで残って頑張った生徒が、その後の大学受験でも頑張ってくれるので、顧問として僕もクラブがやりやすいです。僕は音楽教師なのであまり「京大、阪大を目指せ」なんかは言わないですけど、でもこのことだけは生徒たちに言いますね。「コンクールまで残っている方がええよ」って(笑)。

ぶち当たった、コンクールの厚き壁

ぶち当たった、コンクールの厚き壁

多目的ホールでの合奏風景

取材班:
吹奏楽コンクールについてお聞きします。北野高等学校の所属する大阪・北地区は大阪府立淀川工科高等学校や大阪桐蔭高等学校など全国トップレベルの強豪校がひしめくハイレベルな地域ですが、その中にあってここ10年で8回も地区大会を突破しているのはすごいことだと思います。吹奏楽コンクールに初参加してからここまでトントン拍子で来たように傍からは見えますが?
佐々木先生:
5年ほど前までは、確かに順調に力が付いてきたって実感はありました。しかし、ここ5年ほどは厳しいですね。ある一定の水準にまで達してしまったのか、公立高校でより上の結果を出すことが本当に難しい時代になりました。うちの学校も今は足踏みの状態が続いており、その間に私立高校がどんどん台頭してきて、いつの間にか逆に追い越されていっている・・・ジレンマの状態ですね。
取材班:
吹奏楽コンクールの出場メンバーはどうやって決めるのですか?
佐々木先生:
高3生で残る生徒は文句なく決まりで、今までは高2生が全員出場しても大丈夫でした。それで残りの人数を、高1生の中から必要なパートだけオーディションをして決めるという感じですね。でも、実は来年が大変なんですよ。今の高1生の部員が41人もいるので、来年高3生がたくさん残ってくれた場合、高2生を落とさないといけないんですよ。さすがにそれは忍びなくて、そのあたりをどうしようかなと頭を悩ませています。
取材班:
大阪府の場合、1校で2団体出場することができないので、確かに頭の痛いところですね。それでは、コンクールの課題曲や自由曲の曲目はどのようにして決められるのですか?
佐々木先生:
大体僕が生徒に提案した曲目になることが多いですね。ただ今年の場合は、僕自身も各パートの力を考えた時に自由曲をどうしようという迷いがありました。そしたら高3生の生徒から「先生この曲はどうですか?」って『プラトンの洞窟からの脱出(S.メリロ作曲)』という曲を出してきたんですよ。僕もその曲を知ってはいたんですけど、自由曲候補としては全然頭に無くて、それでもう一回聴き直すと「あ、これはいいな」と思い、生徒たちもみんな気に入っていたのでこの曲を選びました。確か、生徒から出てきた曲を採用したのはこれが初めてだと思います。
課題曲は、Ⅱの『コミカル★パレード』です。候補としてⅢの『ネストリアン・モニュメント』やⅣの『マーチ「青空と太陽」』も演奏してみたんですが、どうもうちの学校には合わなくて、悩んだ結果『コミカル★パレード』に決めました。

楽しい練習や楽しい努力に勝るものはなし!

楽しい練習や楽しい努力に勝るものはなし!
取材班:
先生はコンクールというものをどのようにお考えですか?
佐々木先生:
難しい質問ですね。コンクール、う~ん、でもやっぱり必要なんでしょうね。コンクールがないと、この時期にここまで集中して吹奏楽をやることはないですからね。ただ、よく外部のトレーナーの方がおっしゃいますが、コンクールはその音楽性より、音のピッチや出てくるサウンドで評価が決まる部分が大きくて、僕自身それは仕方がないと思いながらも、少し虚しい気持ちになることはあります。
そんな中、嬉しいことがありました。昨年の吹奏楽コンクール大阪府大会では残念ながら銅賞だったんですけど、その後1週間くらいしてから、その時会場にいらした指揮者の守山俊吾先生からうちの学校に手紙が届いたんです。手紙には、「北野高等学校の演奏はすごく良かったです。決して銅賞の演奏ではありません。よかったら、指導に行ってもいいと思っています」という旨が書かれていました。正直なところ銅賞だったので僕も少ししょげていたというか、ガクッときていたところに、うちの演奏を聴いてそんな風にお手紙をいただいて、それはすごく嬉しかったですね。それで、お言葉に甘えて生徒たちを指導していただいたんですよ。多い時は月2回くらい来ていただきました。それはもう、本当にありがたかったですね。それに、次元の高いこともおっしゃるので、僕自身もすごく勉強になっています。
楽しい練習や楽しい努力に勝るものはなし!
取材班:
コンクールでの目標をお聞かせください。
佐々木先生:
数年前までは、「もう少し頑張れば、関西大会出場に手が届くかも知れない」と思いながらチャレンジしてきました。ところが、先程も申しましたように、現状ではなかなか厳しい状況になってきたなと実感しています。でもやっぱりそれを認めるのは悔しいんで、たとえ結果はダメだったとしても、やっぱり夢としてはずっと持ち続けていたいなと思っています。
では、その夢を現実にするためにどうすればいいかと考えた時に、北野高等学校の場合、これ以上練習時間を増やすのは絶対に無理なんです。今でも生徒たちは目一杯やっていて・・・本当によく頑張っていると思います。なので、練習の質を変えていくしかないと考えています。北野高等学校の生徒にも言えますし、他の吹奏楽をやっている生徒もそうだと思いますが、練習は辛い練習の方がいいと思っているところがあるでしょ。「根性で暑さを乗り切れ」みたいな。そういう辛い練習になってしまっているところが、1年を通じて見た時におそらく何割かはあると思うんです。でもそれってやっぱり僕はすごく能率の悪いことだと思っていて、僕が生徒たちに「バカなことをしなさい」と言うのも、楽しい練習や楽しい努力に勝るもの、それ以上の効果を持つものは絶対に無いと思うからなんです。その辛い努力を楽しい努力に変えて行くことで、まだもう少しは伸びしろが出てくるのかなと思っています。
取材班:
では、最後に先生の今後の目標や夢を教えてください。
佐々木先生:
夢ですか、そうですね。先程の話に戻りますが、「時間の質を変えて、楽しい努力にシフトしていく」っていうことを、ここ半年の間、生徒に向けて意識的にずっと言ってきました。これだけ練習時間も短く、いろんな制約のある中で、時間の質を変えることで、どこまでこの吹奏楽部が伸びることができるのかを今は確かめてみたいと思っています。そして出来ることなら楽しい努力に変えていくことで、今までとは全く違う効果が表れ、結果として演奏が今以上に良くなればいいなと思っています。この北野高等学校吹奏楽部がもう一歩先のステージに進むためにも、このことは是非実現させたいですね。
取材班:
長時間のインタビューにご協力いただき、ありがとうございました。