吹奏楽同好会の発足、3年後に部に昇格

吹奏楽同好会の発足、3年後に部に昇格
取材班:
大阪府立貝塚南高等学校の後、この学校に赴任されたんですよね。
佐々木先生:
そうです。大阪府立貝塚南高等学校で13年間お世話になった後、ここ大阪府立北野高等学校に赴任しました。この学校にはその当時吹奏楽部はなかったので、僕はオーケストラ部の顧問になりましたが、それまで勤めていた貝塚南高等学校の生徒たちは土地柄なのか本当に人懐っこかったのに対し、北野高等学校の生徒たちは自立心というか「自分達でやりたい」という気持ちがとても強く、特に当時のオーケストラ部の生徒たちは「先生はあまり構わないでください」という雰囲気でしたね。だからここに来て最初の頃は、正直なところ、「確かに優秀なんだろうけど、なんか冷たい生徒たちだなぁ」なんて思っていました(笑)。もちろん今は、いい関係ですよ。
そんな折、生徒の方から吹奏楽部が欲しいという声が上がったんですよ。僕の方は放課後に結構時間の余裕があったので、それじゃあその子たちと一緒に吹奏楽部を作ろうかっていうことになりました。でも最初は周りから批判の声もありました。「オーケストラ部を潰すつもりですか」ってね。それで「困ったなぁ」と思ったのですが、実際、入ってくる生徒の中にはチューバやユーフォニアムを希望している生徒たちもいて、その子たちはオーケストラには入れないわけじゃないですか。だからやっぱり必要だと思って、1993年に同好会を立ち上げました。最初の1年は部員数3名でずっと活動をやっていましたよ。
取材班:
部員数が3名だと、なかなかクラブ活動も思うようにできなかったのではないですか?
佐々木先生:
それでも週に3回ほど集まっては活動をしましたよ。実際のところは、全然活動にならないですけどね(笑)。でも同好会として立ち上げた翌年には、嬉しいことに15名もの生徒が入部してくれまして、結構早い時期に部員数が20名近くになりました。おかげでその年(1994年)から小編成の部ではありますが、吹奏楽コンクールに出場することができました。
取材班:
その後、1996年には部に昇格。翌年からは合宿も行われているようですが、以前は夏合宿だったものが今は春合宿になっているのには何か理由があるのですか?
佐々木先生:
昔は、高3生で夏のコンクールまで残る生徒は、多くても10名にいかない程度だったんです。この学校の場合、いくらクラブに残っているとはいえ、7・8月の合宿に高3生を連れていくことはできません。だから夏合宿の時は、高1・2生だけで合宿に行っていました。しかし、コンクールまで残ってくれる高3生の数も次第に増えてきて、「こんなに残るのだったら、やっぱり高3生も合宿に参加させたいので、春に定期演奏会をターゲットにした合宿をしよう」ということになり、だいぶ前から開催時期を春に変えました。受験のことさえなければ、夏に合宿を行える方がじっくりとコンクールの練習ができていいんですが、こればっかりは仕方が無いんでね。ちなみに、今年は20人の高3生が残ってくれています。